エッセイ

はじめまして、ホクミヤです。

ホクミヤのサムネ (自己紹介)

どーもどーも。

はじめまして、こんにちわ、ホクミヤといいます。

何万個もあるブログの中からホクミヤのブログを開いてくれて、ありがとう。

はじめての人へ簡単に自己紹介します。

ホクミヤの自己紹介

生まれる

生まれも育ちも大阪人。福岡出身の父、秋田出身の母から産まれた九州と東北の混血児。

3人兄妹の真ん中で、兄と妹にはさまれて生きてきました。

いまは40歳のおじさん。(1984年生まれ)

小さい頃から大人しい子で、人の顔色ばかり気にしていた。

めっちゃ内気やった。

 

10才-親の離婚

小学5年生のときに親が離婚する。

子供ながらに、これ大丈夫なんか?って思ってた。

子供たちは全員。母親の方へついていくことに。

 

あとで知るんだけど、養育費を父親からもらってなくて、超貧乏だった。

電気代とかガス代とか払えてなくて、風呂入るのに苦労してた。

ていうか、結構いつもご飯とかなかった。

母親は夜に飲食店のバイトばっかしてて家に基本家にいなくて、兄は気付けば父親の方にいってて。妹とやばない?って毎日喋ってた。

 

14才-ひきこもりに

この頃、色んなことが嫌になってひきこもりに。

時期は中学2年初めから中学卒業までの約2年間。

ひきこもりの理由は、家が貧乏になって色んなことが出来なくなって、この状況に耐えられなくなり自分の部屋から出られなくなった。

特に、学校関係で必要なものを買えない状態はきつく、さらに母親が常にいない状況で誰かに何かを言う状況ではなく、自らふさぎ込んでいってしまう。

約2年間ほどひきこもり生活をする。

今思うと、親や親戚のおばさんにはホントお世話になった。

 

15才-中卒でバイト生活へ

ていうか家にお金なさすぎて、とっとと働きたかった。

とりあえずバイトして働くしかないと思ってた。

そういえば中学の卒業式出てない、だから実は小卒なんかも?笑

 

でもま、卒業式があった数日後に中学に呼ばれて校長先生から、卒業証書もらったから一応中卒。

中学を卒業する時期を待って、ひきこもりを脱出してバイトを始める。

 

死ぬほど緊張してバイトの面接へいって、採用された時は飛び跳ねるくらい喜んだ。

これでやっとお金が手に入ると思って安心した。

初バイトは死ぬほど苦労した。

ずっと人と関わらずにいたくせにサービス業のバイト始めたせいだ。

毎日心臓をバクバクさせながら働いた。

でもま、頑張ってたらなんとかなった。

 

その後、他のバイトも色々経験したいと思って辞めて、いくつかのバイトを経験する。

ガソリンスタンド、コンビニ、飲食店、工場の片付けとかをした。

 

20才-初めての就職(ガソスタへ)

20歳になって、そろそろ就職したいなと思って、当時のバイト先であるガソリンスタンドの店長に、就職したいので辞めますと言う。

それを聞いた店長は「やる気があるならうちで働いたらどうだ?」と言ってくれたので、せっかくなので、と簡単に就職が決まる。

 

今考えると、当時、大学はもちろんいってない、ましてや高校も卒業してない、なんだったら中学もろくに行ってない自分が、ハローワークに行けば簡単に就職できると思ってたから自分でも驚きだ。

わたしのような経歴の人を簡単に雇うような会社がどこにあるのか?笑

あー、恥かかずにすんで良かった。

意外と簡単に就職できたものの、バイト感覚とは違うので、意識を一段階上げなきゃいけないことにまた苦労するがなんとかやれた。

 

ガソリンスタンドに就職できて2年経過、毎日楽しく頑張ってたところで、会社へ誘ってくれた店長が他の店舗へ転勤となる。

そのタイミングで、少し前から考えていた他の仕事をしてみたいと思って転職をする。

店長がいなくなったので、雇ってくれた恩は返せたと思って。

 

22才-転職(マット交換員へ)

ガソリンスタンドに働いて色んな車にのる仕事を見たからか、車に乗って色々なとこへ行く仕事がしたいと思った。←軽く考えすぎてる過去。笑

ガソリンスタンドに来るお客さんへコソコソと「正社員募集してます?」と声をかけて転職活動を始める。←結構ヤバイやつかも。笑

かなり不義理なことをしているのに、罪悪感なかった。自分でドン引き。

 

そんな中、「うち募集してるよ!」って言ってくれた会社に人にお願いして、面接してもらったあと、1社目で採用してもらえることに。

ガソリンスタンドへはかなり感謝して転職させてもらった。

 

新しい職場は、マットを交換するお仕事。

その仕事なに?笑

車にのって飲食店や雑貨屋さんへ行き、入口の床ある足ふきマットを洗いたてのキレイなものと定期的に交換する仕事。(ダスキンとかが有名)

ペースは2週間に1回とか。

で、この仕事かなり楽しかったんだけど、スピード違反で免停になって申し訳なくなって辞めた。勤続期間は1年ちょい。

 

24才-2回目の転職(製造業へ)

前職をあてもなく辞めたので、ハローワークで探そうとしてた。

ていうかハローワーク行ったことねぇー!とドキドキしてた。

知らないとこへ行くのは、相変わらず緊張しまくってた。

 

で、また車に乗る関係の仕事したいなと思ってた。

しかし免停中だったから一旦バイトを探すことに。(ハローワークへ行くのにビビったから)

コンビニに置いてるタウンワーク(無料バイト情報雑誌)を眺めていると、後ろの方のページに正社員募集のページを発見して探してみる。

すると、かつてガソリンスタンドで働いていた時によく見た会社で、工場作業員を募集していたのを発見する。

 

それは製造業の工場内作業員で、未経験歓迎とか書いてあった。

なんかこの会社、ホワイトな(良い会社ぽい)感じだったので、面接にいくことに。(この時、車関係の仕事がいいと思った考えは速攻でなくなる)

あと、ワンチャン働いてたのを覚えてくれてたら、顔知られてて有利になるんじゃ・・・って淡い期待をもって。

するとどうだ?

 

覚えてたー!!

 

面接してくれた人が覚えてくれていた。しかも好印象だった。

なんかしらんが、面接時に即採用してもたった。(即採用ってなんかブラックっぽいけど)

この時ばかりは、当時の自分によく頑張ってたと言ってあげた!!笑

 

そんな訳でとんとん拍子で新しい職場も決まり、製造業で働くことに。

そこは80人くらいの工場で、現在のわたしの職場でもある。

ちなみに、サービス業しかしてこなかったわたしにとって製造業の工場内作業は、人と接することのない仕事でとても新鮮で楽しく感じた。

一方で、1日中全く同じ作業をコツコツとこなすことは以外と大変だなと思った。

 

27才-営業職へ異動

製造業の現場作業をしていたわたしは、サービス業で鍛えられた、持ち前の笑顔とトーク力が社内でうけて営業職へまわされることに。

この時に知るけど、工場で働く人って無口で無愛想ですぐキレる人が多かった。

知らん事多いし、現場作業以上にめちゃくちゃ怒られてきて、血尿が何度もでるほど大変だったけど、なんとか乗り切っていまも頑張ってる。

 

29才-結婚

この職場で働き始め生活が安定してきた。

工場内で働く同年代の人がもれなく全員結婚している。

 

結婚したい!

そんな安易な考えで婚活モードへ突入。

この頃、ガソリンスタンド時代に交流のあった人に合コンに呼ばれるように。

ありがたいことに早々に相手が見つかる。

お相手は結婚したくて仕方がない2才下の女性。

 

こちらの女性、結婚へ向けてガンガンのグイグイで、押されに押さて付き合うことに。

交際期間も半年経つころには結婚式や新居の話しになり、1年目には入籍し無事に結婚。

その半年後には妊娠して結婚1年半後には子供も生まれる。

 

31才-離婚

順風満帆だと思えた結婚生活も終わりを迎えます。

結婚2年で離婚しました。

さすがに早い。

 

この2年は地獄の日々でした。

当時の元奥さんは結婚というものに惹かれていたようで、わたしへはかなり厳しく接してこられました。

長くなるので簡単に言いますが、人としての扱いをしてくれませんでした。

今風に言うと「モラハラ」というやつ。

臭い汚い気持ち悪いという言葉を毎日浴びせられて、やる事ひとつひとつ全て否定されてきました。

 

正直、まいってしまって。

わたしの方から別れて欲しいと言いました。

最初は抵抗されました。

相手の親からも態度を直させると言われ様子をみましたが、数日で元に戻ってしまうので最終的に離婚することになりました。

 

子供は引き取って自分で育てていきたかったけど、親権をとることは出来ず。

慰謝料などもなく、毎月養育費を支払うことで話しがついた。

それ以来、子供とは会っていない。

何度も顔を見たいなと思ったけど、元奥さんが怖くて連絡も出来ずにきた。

 

子供が物心つく前に離婚して、すでに8年近く経過している。

子供自身がどう思っているのかはわからない。

 

縁があればまた会うことも。

 

32才-バツイチ後の生活

自分でもそうなると思っていなかったけど。

離婚後はめちゃくちゃ体調を崩した・・・。

 

当時のわたしは、おそらく、落ち着いた穏やかな日々を過ごせると思っていた。

でも、そんな事にはならなく。

離婚したということが与える影響は、自分の中で想像以上に大きいものだった。

 

少ないながらも楽しい時もあって、子供が生まれることの喜びもあったからか。

 

それに、自分の親兄弟や、職場の人間関係、友人などを巻き込んだことに対する申し訳ない気持ちも爆発してた。

 

生活は荒れてすさんだ。

その後、お酒におぼれた。

暴飲暴食しまくってた。

めちゃくちゃ太って、職場の健康診断結果で脂質と痛風になる数値が「要精密検査」などという超心配になる言い方されて、生活を見直した。

 

よく聞く、結婚より離婚の方が大変というのはホントのこと。

あと、離婚した後の気持ちのダメージは時間とともに落ち着く。

 

33才-独身生活を満喫

たぶん、独身生活をめちゃくちゃ満喫した。

離婚して荒れた生活も、落ち着いて生活を見直していく日々を続けていた。

職場の人や友人と飲みに行ったり、ゲーム好きの友人と好きだったエクバとかガンダムバーサスとしたり、マーベル映画にハマったり。

サッカー代表戦が面白くて当時いた南野選手が所属するリヴァプール応援するのにプレミアリーグにハマってよく配信動画を見てた(当時はDAZNで安かったな~)。

そんな感じ。

 

34才-出会いを求めて

残りの人生をこのまま1人でいるのは寂しいなと思い、マッチングアプリを始めた。

当時1番有名だったペアーズやってました。(今も1番か?)

なんかもうやり取りが大変だった。

いい感じになったお相手と会って、ご飯食べてとやってて思った。

 

ネットすげー!!

 

こんな簡単に男女が出会える場があるのって、時代は変わったな~としみじみ感じてた。(前からそれっぽいやつがあったけど、こういうのをするのは初めてだったので)

あと、お金が湯水のように飛んでいった。

 

最初は感動したりしたけど、マッチングアプリは意外と大変だった。

どこが?と言われれば、色んな人と出会って話してきた中で、自分と合う人と出会う部分、ここがとにかく大変だなと感じた。

 

36才-今の奥さんと出会う

マッチングアプリ使ってみて疲弊してやめて、落ち着いたらまた始めてを繰り返していた。

その中で、やっと自分と合う今の奥さんと出会う。

ありがたいことに生活観やお金の価値観に、相手のことを考えてくれる女性でした。

出会ってから今までずっとこっちの話しを聞いてくれて、意見を尊重してくれる。

良くないことも、ちゃんと理由を説明しながら話しをしてくれる。

出会って何度か会っていくなかで、お付き合いすることが出来た。

39才-再婚

そんな訳で、再婚することに。

ちゃんと長くお付き合いさせてもらって、離婚歴や子供がいる部分なども受け入れてもらって、同棲期間を1年付け加えて、無事に再婚。

40才-穏やかな日常(今ここ)

いま、非常に穏やか毎日を過ごすことが出来ている。

ひとえに、今の奥さんを見つけることが出来たおかげで。

これから

本ブログでは、40才になったわたしが感じたことや思ったことなどを話していきたいなと思っている。

あいだで、今まであった引きこもりだったこと、中卒だったこと、離婚したこと、再婚したことを話していきたい。

今の世の中で、離婚や再婚など珍しいことでもないと思いますが、どうぞ、よろしく。